4/16/2016

19歳東大に合格「挑戦で結果変わる」

今春、東京大学に合格した、慎さんの記事を紹介します。

慎さんから、記事の前半よりも、後半を読んでいただきたいそうです。 


日本経済新聞より


重い障害でも学ぶ機会平等 19歳東大に合格

「挑戦で結果変わる」

 

重い障害がありながら、東大が初めて実施した推薦入試に合格し、今春から新生活をスタートさせる19歳の青年がいる。「挑戦すれば、結果は変わる」。進学への強い意欲を支えたのは、学ぶ機会を平等に保障するための社会的な配慮と人々との出会いだった。学校などに合理的配慮を義務付ける障害者差別解消法は4月施行される。


 「将来は国連の難民高等弁務官になりたい」


 千葉県船橋市の慎允翼さんは、力強い言葉で夢を語る。脊髄性筋萎縮症を患い、重度の肢体不自由がある。鉛筆を持って字を書くことは難しく、父親の影響で、3歳のころには自宅でパソコンに触れていた。普段はパソコンでノートを取れるソフトウエアを活用。マウスで画面上のキーボードを操作し、メールを書く。


 共働きの両親に「学校と社会生活では親が介助しない」を原則に育てられた。地元の公立小中学校の普通学級に通学。「養護学校に入学しなかったことで、現実を思い知らされた。でも、その経験が今の自分をつくっている」と振り返る。


 地元の県立高校に進み、県が派遣するヘルパーの支援を受けながら学校生活を送った。高2の夏には、東大先端科学技術研究センター(先端研)が高等教育を目指す障害児に情報通信技術(ICT)を提供するプログラム「DO―IT Japan」に参加。社会を変えたいという仲間と出会い、刺激を受けた。


 東大への挑戦は2度目だ。昨年は一般入試で受験し、大学入試センター試験や2次試験で時間延長や代筆、パソコンの使用などが許可された。今年もセンター試験と推薦入試の小論文で同様の配慮が認められ合格した。


 障害がある子供の中には、ICT機器の活用など適切な支援を受けることで、本来の能力を発揮できる場合がある。東大先端研の近藤武夫准教授は「障害者と健常者が同じ手段で学ぶことが平等ではなく、時には排除につながることもある。合理的配慮とは優遇ではなく、負担にならない範囲で学ぶ機会を平等にするための変更や調整だ」と説明する


 慎さんは、同じ立場の若者たちに「とにかくチャレンジして。ぶつかっていく中で結果は必ず変わっていくはずだ」と呼び掛ける。だが同時に、法施行が「自ら配慮を求めることが難しい知的障害者らと、配慮によって価値を生み出す障害者が分断され、排除につながる」とも危惧している





 

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難病18歳、夢追い京大へ…


今春、京都大学に合格した油田さんの記事を紹介します。②

 
 
読売新聞より
 

 

難病18歳、夢追い京大へ…「カウンセラーに」 

 

全身の筋力が低下する難病・脊髄性筋萎縮症の優衣(ゆい)さん(18)が、京都大の特色入試で教育学部に合格し、7日の入学式に臨む。24時間介助が必要な学生が自立生活を送るケースは京大では初めてという。

障害者への差別を禁ずる障害者差別解消法が4月に施行され、大学側も授業中の介助などで支援する。油田さんは「私が前例になり、学ぶことを諦めかけている人たちの後押しになれば」と願っている。(編集委員 沢田泰子)

 

 油田さんは会話に支障はないが、食事や寝返りなど生活全般に介助が必要で、電動車いすを利用。中学3年生まで福岡県内の特別支援学校で学んだが、「たくさんの人と出会いたい」と県立高に進学し、「自分で生活を作り上げてみたい」と大学では一人暮らしを希望した。

 
    幾つかの大学を見学し、「自由で、個人の特性を生かしてくれそうな雰囲気」にひかれ、京大を志望。高校の活動実績や学力を総合的に評価する、今春導入の特色入試を受験した。


    長文を記述する問題が中心で、字を書くのが難しいため、パソコンの使用が認められた。大学入試センター試験の得点などの条件もクリアし、難関を突破した。

 
    不動産業者を通じて下宿を探したが相次いで断られ、京大障害学生支援ルームに相談。車いすに対応した部屋がある、大学付属の施設に特例で入居することができた。

 
   京大は授業中のサポートをするスタッフを置き、通いやすい校舎に教室を変更したり、車いすに合わせた机を用意したりする。夜間や生活の介助は京都市と相談し、ヘルパーの派遣を受ける。

 
   同学部の駒込武教授は「まだバリアフリーも不十分だが、一つずつ整えていきたい。他の学生にとっても学ぶことが多いはず。彼女のような学生が、当たり前の存在になるようにしたい」と話す。

 
   油田さんは今月4日、学部のガイダンスに参加した。「子供の頃は将来の姿を描けなかったけれど、チャンスをくれた京大に感謝している。心理学を学び、障害者や不登校生らのカウンセリングの仕事に就きたい」と夢を語った。

 

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重度の身体障害はねのけ京大合格

今春、京都大学に合格した油田さんの記事を紹介します。①

 

週刊朝日より
 
 

 

重度の身体障害はねのけ京大合格

「私をサンプルにして」

 
 
 

「重度の身体障害があるけれど、京大でカウンセリングや心理について学びたい。障害のある人を支えたいんです」

 京大の特色入試で教育学部に合格した油田(ゆだ)優衣さんは、そう力強く語る。生まれつきの脊髄性筋萎縮症。全身の筋力が低下する難病で、ペンを握る手にもあまり力が入らない。日常生活には全て介助が必要だ。

 小学校は自宅近くの公立小に入学。だが、体調が不安定で小2から中3までは特別支援学校へ。周囲の障害への理解は深かったが、お互いの障害について深く立ち入ることはタブーという雰囲気を感じたという。

「地域とのかかわりはほとんどなく、狭い世界でした」

 そんな窮屈さを振り払うように勉強に打ち込んだ。小4からは通信教育も始めた。次第に、同封の漫画に描かれる「普通学校での生活」に憧れを抱くように。

「もっと広い世界に出たい。普通高校に進学したい」

 思いは強くなっていった。だが、立ちはだかったのは「前例なし」という言葉。それまで地域で全介助が必要な生徒が、普通高校に進学した例はないといわれたのだ。油田さんは県立京都(みやこ)高(福岡県行橋市)の協力を得ながら、県教育委員会や自宅がある福岡県苅田町(かんだまち)などと粘り強く交渉し、理解してもらい、学びやすい環境を確保した。

 そのときの体験は、中学卒業を前に参加した「イングリッシュコンテスト」のスピーチで紹介し、最優秀賞を受賞した。

 高校入学後は、自分から進んで病気のこと、介助が必要なことなどを話した。3年間担任だった開田(ひらきだ)涼子教諭は、こう振り返る。

「明るい性格で、すぐクラスになじんでいましたね。前向きな努力家で成績優秀。授業に集中し、わからないことは納得いくまで質問する生徒でした」

 油田さんが入学したことで、周囲も変わった。それまで1階に一つしかなかった身障者用トイレは二つに増えた。介助者と共に、クラスメートも自然と手を貸すようになったという。

「電動車椅子の音がすると、だれともなく、すぐ教室の扉を開ける。段差がある場所では男子が車椅子を持ち上げていました」(開田教諭)

 特別支援学校時代には、地域の友達はいなかったが、京都高校入学後には、多くの友達に恵まれた。

「友達が手伝ってくれることがありがたかった。でも、私は代わりに勉強を教えたから、ギブ&テイクです」

 と笑う油田さん。修学旅行も楽しみ、どんなところにも出かけていった。

「もっと広い世界を見たい」、そう思うきっかけになったのが、高2の夏の「DOIT Japan」。東京大学先端科学技術研究センターが、障害や病気のある若者から未来のリーダーを育てようと、2007年度から始めたこのプログラムへの参加で、目が開かれる思いがしたという。

「討論ではさまざまな価値観に触れることができました。福祉制度を利用して、東京で一人暮らしをしている大学生の話を聞いたときには希望が持てました」

 高2の秋、京大の障害学生支援ルームを訪ね、キャンパスを見学したときに京大に「一目ぼれ」。

「支援ルームの対応もすばらしく、雰囲気もよくて、『ここで学びたい』と強く思いました」

 特色入試のことを知ったのはその後だ。「求める人物像」を読み、「ぴったりだ」と思った。提出書類は、調査書、学びの報告書、学びの設計書。報告書には主に、普通高校進学のために交渉したことを、設計書には心理全般や社会の仕組みを学びたいこと、重度の身体障害者が福祉制度を利用して一人暮らしができるか、自分自身で検証したいことなどを書いた。

 油田さんは学力も申し分なかった。塾などの助けもなく、センター試験の得点率は9割超。教育学部の基準点である8割を楽々クリアし、見事合格を勝ち取った。

 だが、全般に介助が必要で車椅子の生活。4月からの一人暮らしに家族は不安はないのだろうか。母親のあゆみさんは胸中を明かす。

「もちろん心配はあります。最初は、自宅通学の大学にすればいいのにとも思いました。でも、優衣の思いは強かった。将来は経済的にも自立してほしいので、応援しようと思っています」

 とはいえ、住まい探しは予想以上に大変だったという。設備がないなどを理由に、不動産業者に断られることも多かった。

 そんなとき支援してくれたのが、障害学生支援ルームだった。担当者は話す。

「過去にも上肢や下肢に重い障害がある学生さんが学んでいたので、学内のバリアフリーは進んでいます。ただ、油田さんのような一人暮らしは初のケースです」

 今後、不便があれば、随時改修工事をして対応していく方針という。油田さんは現在、ケースワーカーに相談しながら学内介助について京都市と交渉中だ。

「重度の障害者である私自身がサンプルとなり、一人暮らしを検証したい。ロールモデルになれればうれしいですね」

 将来の目標は?

「障害者の心をサポートできる仕事をしたい。福祉制度など社会の仕組みも変えていきたい。だれもが、やりたいことを諦めなくていい世の中にしたいです」

 合格後、祖父母、母、弟と旅行を楽しみ、石垣島で人生初のシュノーケリングにも挑戦した。

「前例がない」ことに立ち向かい、切り拓いてきた油田さん。これからも自らが「前例」となって道を作っていくのだろう

 

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檀上へスロープ!!

 
今春、高校卒業された油田さんの卒業証書授与式の写真を
 
油田さんに許可を得て、紹介させていただきます。
 
 
 
 
 
 
油田さんは、卒業生代表で卒業証書を頂きに壇上に上がりました。
 
そのために、先生方が他校からスロープを借りてきてくださったそうです。
 
 
 
 
油田さんのお母様のお話では、

このようなことは、入学時には考えられなかったことだそうです。
 
車いすの油田さんが初めて、他の学生と同じように考えてもらえたことを、
 
大変喜ばれていらっしゃいました。
 
 
 
 
 
何よりも最高の卒業プレゼントですね!!
 
私は初めてこのようなスロープを見ましたので、

ブログにアップさせていただきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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4/06/2016

第13回国際遺伝学会

2016年4月3日~6日まで、国立京都国際会館で開催された「第13回国際人類遺伝学会」(ICHG2016)に患者会として展示参加してきました。
関西在住役員3人が交代でブース番に行き(人員の都合で参加は5日まで)、チラシを配るなど、SMAや会についての情報提供を行いました。

展示ブース 通常の資料に加え、英語チラシも用意しました
普段からお世話になっている会のアドバイザーの先生方はもとより、「SMAの患者さんをずっと診ている」「最近診ることになった」という医師も立ち寄られ、話を聞いてくださいました。
学会セッションや患者会展示のほかに、医療や遺伝子研究に関わる企業のブースもありました。中覗いても、専門的すぎてチンプンカンプン(@_@)でしたが……
「国際学会」なので、半分近くは海外からの参加者かな、という印象。いただいたプログラムの冊子も中身は全部英語です。
会のブースに海外の医師が来られることもありました。もちろん英語でしっかりご説明してきました!
マレーシアから来られた医師と。日本のSMA児の教育に強い関心をお持ちで、たくさん質問をされました
会場周辺では桜満開♪

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